山鉾と町衆(仮・台帳で書き直す)中世、祇園祭の主役は町衆に移ります。応仁の乱で祭りは中断しますが、1500年に町衆の手で再興された——この「壊れても民の手で戻る」ことが、千年続く祭りの仕組みです。山鉾の懸装品には輸入の織物も使われ、動く美術館と呼ばれる姿ができていきます。